もえるにほん彡(^)(^)

アジアをとやかく言う前にまずは日本やろ

2020年08月

20090529230050

https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1597328674/

1: 記憶たどり。 ★ 2020/08/13(木) 23:24:34.30 ID:r6eujXje9
https://news.yahoo.co.jp/articles/0743b8a60e0000cfcd3d4b92f8d61a8376966618

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九州新幹線西九州(長崎)ルートの新鳥栖-武雄温泉の整備方式を巡り、国と佐賀県の対立が先鋭化している。
与党は昨年8月に「フル規格」での整備方針を決めたが、佐賀県は財政負担などを理由に反対姿勢を崩しておらず、
国土交通省からの環境影響評価(アセスメント)の提案も拒否。今後も協議の進展は見通せず、
武雄温泉で新幹線と在来線を乗り換える「リレー方式」の長期化を危ぶむ声も上がり始めた。

「もう佐賀に配慮を続ける意味はない」。アセスの提案を一蹴された国交省の関係者は、いらだちをあらわにする。

国交省は6月以降、「ミニ新幹線」などを含め佐賀県が議論を求めている全ての整備方式に対応するアセスの先行実施を提案。
通常の公共事業ではあり得ない「奇策」(国交省幹部)だが、時間をかけて議論したい佐賀県側に配慮する姿勢を示す必要があった。

しかし、「フル規格への誘導」を警戒する佐賀県は、この提案を7月末までに重ねて拒否。
国交省は「新鳥栖-武雄温泉の2023年度の着工が困難になった」と唐突に期限を持ち出したが、佐賀県は
「着工時期、開業時期で関係者の合意は一切ない」と反論。与党から協議を託されている国交省への強い不信感をにじませた。

   ◆    ◆

与党がまとめたフル規格方針を堅持しつつ、反対する佐賀県を説得する-。この難題を背負った国交省はこの1年、
「譲れる部分は譲る」との姿勢で佐賀県に向き合った。

昨年9月には就任直後の赤羽一嘉国交相が山口祥義知事に呼び掛け、2度のトップ会談を実施。
フル規格に限らず五つの整備方式を前提とする協議に応じる姿勢を示した。

両者は歩み寄ったかに見え、当時の省内には「思い描く出口は一緒だ」(幹部)など楽観的な雰囲気も漂った。
与党議員は「知事は元役人。予算を意識してフル規格を了承するはずだ」と期待し、県政界でも
「あとはいかに佐賀に有利な条件を引き出すかだ」(自民県議)との声があった。

ところが、年が明けると協議に向けた事務調整は新型コロナウイルスの感染拡大もあって難航。
6月にようやく協議が始まったが、佐賀県は「フル規格を求めたことはない」と強調。
一方の国交省は「災害に強い」「全国の新幹線ネットワークのため」などフル規格を念頭に置いた主張を展開し、対立は鮮明になった。

  ◆    ◆

佐賀県がアセスを拒否し「リレー方式」の長期化を懸念する声も出ている。

JR九州の青柳俊彦社長は7月の記者会見で「乗り換えはあくまで暫定なので、西九州ルートの完成を強く望む」と強調。
長崎県の中村法道知事も「財源確保に向けた議論に間に合わないことも想定され、大変深刻な事態と考えている」と焦りをにじませた。

ただ、山口知事は7月上旬に秀島敏行佐賀市長との会合でこう口にしたという。「『落としどころ』を見つける気はない。
フル規格は佐賀の将来のためにはならない」

佐賀県を協議のテーブルに招き入れ、財政負担や並行在来線問題の“条件交渉”に持ち込む-。
政府、与党内で想定されたシナリオは風前のともしびとなりつつある。


長崎県が発表した新幹線ロゴマーク(画像はイメージ) 
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https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1597374885/

1: ramune ★ 2020/08/14(金) 12:14:45.54 ID:zaEc8sVy9
1939年、旧日本軍が旧ソ連・モンゴル軍と戦って敗れた国境紛争「ノモンハン事件」で、 
戦地を無断撤退した責任を問われ自決に追い込まれた旧陸軍の指揮官が、
「戦病死」として処理されていたことが、遺族が開示請求した公文書で分かった。
軍上層部が虚偽の報告をしたとみられ、遺族は「敗戦の責任を押しつけた上に事実を隠蔽[いんぺい]した」と疑念を深めている。

 指揮官は兵庫県出身の井置栄一騎兵中佐(享年45)。熊本で編成された第23師団の捜索隊長として、
激戦地の一つ「フイ高地」の現地部隊を指揮した。
旧防衛庁が編さんした公刊戦史「戦史叢[そう]書 関東軍1」(69年)は、敵軍の猛攻により壊滅的な状況に陥る中で「独断守地を撤した」責任を取り、
「自決の道を選んだ」と記述。自決は日ソが停戦協定を結んだ39年9月15日の2日後とされる。中佐は上層部から自決を勧告されたともいわれる。

 遺族には翌月、陸軍から中佐の死を知らせる電報が届いたが、死因は書かれていなかった。
孫に当たる高木佐織さん(53)=横浜市=が昨年秋、国立公文書館に恩給関連の資料開示を求めたところ、戦病死となっていた。

(中略)
置中佐の自決を巡っては、自決勧告の中心人物とされる小松原道太郎・第23師団長が
「戦病死(進級せしめず)として関東軍経由陸軍大臣に報告す」と日記に書き残していたことが
これまでの研究で明らかになっており、日記の内容が裏付けられた。

 ノモンハン事件に詳しい防衛省戦史研究センター所員の齋藤達志さん(56)は
「小松原師団長は敗因が井置中佐の無断撤退にあると思い込み、自決に追い込んだ。
自らの責任を回避しつつ、井置家の名誉も保とうとした結果が『戦病死』だったのだろう」と推察する。
記録によって病名が異なる理由は分からないという。

祖父に責任を押し付け、死因まで偽って終わりというのは、やはり納得がいかない」。
ノモンハン事件で自決した旧陸軍の井置栄一中佐。孫の高木佐織さん(53)=横浜市=は、事件から80年以上もの間、真相を追求してきた父や祖母の思いを代弁する。

 生存兵の証言などによると、第23師団所属の井置部隊は旧ソ連軍に包囲されて食糧や水、弾薬が尽き、師団との通信も途絶えて孤立無援状態に。
中佐は苦悩の末、「無為に全滅するより再起を」と戦線離脱に踏み切ったが、これが「無断撤退」の罪に問われた。

 「上層部には敗北の責任を誰かに負わせる必要があった。自ら自決したのではないと妻も思ったはずだ」と上村さん。
井置中佐と共に戦った元連隊長が戦後、23師団長ら2人を名指しし「責任転嫁の意図でご主人らに自決を強いた」と告発した妻宛ての手紙も上村さんの手元にある。

 高木さんの父で中佐の次男井置正道さん(89)=神戸市=は、「戦病死」の処理に「やはり軍は自決の強要を隠すつもりだったのか」と憤っているという。

 ノモンハン事件は、最高統帥機関・大本営の戦線不拡大方針を関東軍の参謀らが無視して大規模な武力衝突に発展。
甘い見通しで立てた作戦で日本兵1万8千~2万人の死傷者を出したが、責任を取らされたのは井置中佐ら前線の指揮官たちだった。
参謀らは後に大本営参謀に就き、太平洋戦争に突入した。

「無謀な戦争に突き進んだのは、ノモンハンの失敗の検証や反省をしなかったからだ。
権力者が下の人間に責任を押しつけ、問題をうやむやにする構図は森友・加計問題と同じ。
国家の隠蔽[いんぺい]体質は変わっていない」と高木さん。

「祖父の死に対して謝罪や訂正を求めたいが、今となっては相手もいない」と、割り切れない思いもにじませた。(川崎浩平)

全文
https://news.yahoo.co.jp/articles/6cfb90920890eb4a7e103b8a63640760a6069c92?page=1

■参考
>ノモンハン事件 日中戦争中の1939年5~9月、旧満州(現在の中国東北部)と旧ソ連の衛星国だったモンゴルの国境地帯に広がる大草原で起きた国境紛争。
>旧日本軍は高地を中心に塹壕(ざんごう)を張り巡らせ、戦車に旧式銃や火炎瓶で立ち向かうなどしたが、
>旧ソ連軍の大攻勢により最前線部隊が次々に壊滅した。
>日ソ両政府は9月15日に停戦協定を結び、ほぼソ連側の主張通りに国境線が確定した。
>防衛省戦史研究センターによると、死傷者は旧日本軍1万8千~2万人、旧ソ連軍約2万5千人。

【【日本軍】ノモンハン敗戦 無断撤退の指揮官に自決を強要後、”戦病死”と記録し隠蔽か 遺族「軍が敗戦の責任を転嫁」】の続きを読む

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41日目


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https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1597060394/

1: 記憶たどり。 ★ 2020/08/10(月) 20:53:14.13 ID:Mzc4oyJJ9
青森市で7日、東京から帰省した男性の家に、帰省したことを中傷するビラが置かれていたことがわかった。

被害受けた男性(60代)「東京から帰ってこないでくれとかの誹謗(ひぼう)中傷は、ニュースの中でも取り上げられてはいたので、まさか青森でもそういうことが起きてるとは思ってもなかった」

東京から青森市の実家に帰省した男性が7日、家の玄関先に「なんでこの時期に帰省するのか」などと中傷するビラが置かれているのを見つけた。

男性は8月5日に帰省したが、仕事柄、PCR検査を受けていて、10日前の検査でも陰性だったという。

被害受けた男性(60代)「投げ入れた人は、『わたしが今度あなたに同じような文章を、あなたはもらったらどう思いますか』っていう気持ちは考えないのかなと」

8/9(日) 8:45 フジテレビ系(FNN)
https://news.yahoo.co.jp/articles/e217064d947c425846d370b3ece8a69b21fe6a1f

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【「なんで東京から来るのですか?知事が言ってるでしょ!さっさと帰って!」 青森に帰省した男性の家に“中傷”するビラが置かれる】の続きを読む

広島長崎

https://swallow.5ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1596925946/

1: 風吹けば名無し 2020/08/09(日) 07:32:26.32 ID:BxA5FSGUa
なんや?

【原爆というと長崎より広島のイメージが圧倒的に強くなるのは何故?】の続きを読む

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